(猫な投資話:第131回)再び「チャート分析」について
2011年 10月 10日
2011/10/10
『(猫な投資話:第131回)再び「チャート分析」について』
投資の世界で、よく株式のチャートが出てきます。このデータ自体は事実です。
ところが、ある銘柄の過去における株価の推移に過ぎないものですから、普通なら「この銘柄のチャートだけを見て、この銘柄の未来の株価動向などを推察する」なんてことが可能であるハズがない、と思われます。
さらに、別の指標(例えば、為替のチャートとか金利のチャートなど)と組み合わせて、あたかも関連があるかのような説明をされる人まで登場します。多くの場合、仮に相関があったとしても、「因果関係がある」とまで言える説明がなされることは、ほとんどありません。
既に、このコラムでも過去(第34回:「チャート分析」の理解と成果)に取り上げてますが、私の立場は、この「チャート分析」については、有効だとも無効だとも、特別に評価しない立場です。
株価の変動が、市場参加者が起こす現象であるとするならば..。
その市場参加者が、ある銘柄について、そのチャート分析などを信じている人たちが多ければ、それを信じたために発生する結果になることも、別に不思議なことではありません。
また、よく「昨日の米国市場が下げたので、日本でも下げるだろう」「日米が連動する」と言われる多くの専門家や投資家もいますが、この現象は、「日本の株式市場の参加者が外国人が多いために、外国人の動向に左右される」ということを経験的に理解していれば、そのようになることも不思議じゃありません。
これは、予測とは言わないでしょう。逆に、そうならなかった時の方が話題になるくらいです。
余談ですけど、逆にこの現象から私が言いたことは、「日本の株式市場なのに、日本人の市場参加者が少なすぎる」という情けない実態であることです。私は、それこそを問題視することが先決だと思います。
株価の変動が、市場参加者が起こす現象とした場合、サイコロのように完全に無作為な事象とも言えない面がある一方で、見方によっては「ランダムだ」として、投資行動を考えても何ら問題ありません。ETFだけに投資する投資家の存在も、有意義でしょう。
そもそも、投資の結果という点においては、私は「運」だと思ってますので、「分析」でも「勘(度胸)」でも、さらに「猿に選ばせる」でも、投資の手法の良し悪しはそれほどないと思ってます。投資家の意識にある「後悔したくない」「損したくない」を、ある程度軽減させるくらいのものでしょう。
<以上、私個人の見解ですので、投資の際はご自身の判断で行ってください>
『(猫な投資話:第131回)再び「チャート分析」について』
投資の世界で、よく株式のチャートが出てきます。このデータ自体は事実です。
ところが、ある銘柄の過去における株価の推移に過ぎないものですから、普通なら「この銘柄のチャートだけを見て、この銘柄の未来の株価動向などを推察する」なんてことが可能であるハズがない、と思われます。
さらに、別の指標(例えば、為替のチャートとか金利のチャートなど)と組み合わせて、あたかも関連があるかのような説明をされる人まで登場します。多くの場合、仮に相関があったとしても、「因果関係がある」とまで言える説明がなされることは、ほとんどありません。
既に、このコラムでも過去(第34回:「チャート分析」の理解と成果)に取り上げてますが、私の立場は、この「チャート分析」については、有効だとも無効だとも、特別に評価しない立場です。
株価の変動が、市場参加者が起こす現象であるとするならば..。
その市場参加者が、ある銘柄について、そのチャート分析などを信じている人たちが多ければ、それを信じたために発生する結果になることも、別に不思議なことではありません。
また、よく「昨日の米国市場が下げたので、日本でも下げるだろう」「日米が連動する」と言われる多くの専門家や投資家もいますが、この現象は、「日本の株式市場の参加者が外国人が多いために、外国人の動向に左右される」ということを経験的に理解していれば、そのようになることも不思議じゃありません。
これは、予測とは言わないでしょう。逆に、そうならなかった時の方が話題になるくらいです。
余談ですけど、逆にこの現象から私が言いたことは、「日本の株式市場なのに、日本人の市場参加者が少なすぎる」という情けない実態であることです。私は、それこそを問題視することが先決だと思います。
株価の変動が、市場参加者が起こす現象とした場合、サイコロのように完全に無作為な事象とも言えない面がある一方で、見方によっては「ランダムだ」として、投資行動を考えても何ら問題ありません。ETFだけに投資する投資家の存在も、有意義でしょう。
そもそも、投資の結果という点においては、私は「運」だと思ってますので、「分析」でも「勘(度胸)」でも、さらに「猿に選ばせる」でも、投資の手法の良し悪しはそれほどないと思ってます。投資家の意識にある「後悔したくない」「損したくない」を、ある程度軽減させるくらいのものでしょう。
<以上、私個人の見解ですので、投資の際はご自身の判断で行ってください>
by raccoblog | 2011-10-10 08:45 | ■猫な投資話 | Trackback

