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2012/12/04
『政党を組織として見る提案(選挙報道のあり方)』

 政党の政権公約やマニフェストが、極めていい加減なものになってしまい、直面する課題や問題にどう対処するかを書いたものが、とうてい信用できず、ただ単に「賛成か反対か」という基準で判断するのも問題みたいな感じです。

 そこで、もし私が報道する立場だったとして、「政党のマニフェストを理解する」ための提言をさせてもらうなら..。

 視聴率を稼ぐためには、政党間の言い争いや喧嘩を報道する方が得策なのかも知れません。が、そこをあえて無視して、有権者へ情報を提供することを第一に考えるとすると..。
 おそらく伝えるべきは、マニフェスト作成につながる、その政党のベースとなる「信条」や「存在意義」、さらに「目指す国家の姿」の情報提供でしょう。

 まずは、各政党の「信条」と「存在意義」、さらに「目指す国家の姿」を語ってもらう。そのためのきっかけとするテーマとしては、例えば「日本国憲法」が良いかも知れません。
 主な条項(第1条、第9条、第25条は必須)の解釈を示してもらうわけですが、あくまでこれは、個人ではなく「政党としての解釈」であることを条件とします。党首個人や登場した人の個人的解釈では困ります。

 私の見方では、この政党としての日本国憲法の解釈の提示は、かなりハードルが高いと思ってます。
 そもそも「日本国憲法」はひとつですが、その解釈は人によってすべてバラバラと言っても良い。バラバラの解釈の人たちが集まって、「政党としての解釈」を作るのですから、合意事項を決めるにしても、誰がつくるのか、所属する議員や候補者はその内容に宣誓させるのか、などなど、おそらくもめそうです。「政党」としての「組織の強さ」が試されます。

 だからこそ、国民が判断する材料になり得ます。経済界としても、どんな考え方の政党かを知るのは、重要関心事でしょうから。

 次に、その政党としての日本国憲法の解釈を土台として、現行の諸問題への考え方や対応策を提示してもらう。「どうしてそんな施策や考え方につながるのか」を理解するためです。政党間の論争はしません。

 そして最後に、視聴者からの各政党への質問(他の政党からの質問も認める)を集めて、政党の代表者たちを集めて、その回答をしてもらう「公聴会」を放送する。

 各政党毎に、それぞれ1回30分くらいの持ち時間で、順番にやってもらえば、十数政党あっても、約1週間くらいで充分伝えることが可能でしょう。
 主張や考え方が曖昧な政党や、現実味のない理想論ばかりを主張するような政党などは、国政を担う資格がないことになる。

<以上、私個人の見解です>
# by raccoblog | 2012-12-04 08:56 | 話題にひと言
2012/12/03
『人を選ぶ選挙なら、政党マニフェストは無意味でしょう(マニフェスト)』

 総選挙が近づいてきて、各政党の政権公約やらマニフェストが発表されているみたいです。またマスコミも、いろんな場所や番組で、多くの政党の代表者を集めて、討論会をやってます。

 私も、かつては討論会を見たり、政党のマニフェストやらを、ダウンロードして読んでました。でも、この民主党政権の愚かな実態と結果を見ると、もう「ほとんど嘘しか書かれていない、選挙期間中だけ有効な口約束事を集めたモノ」程度の、ほとんど「国民を騙すために、詐欺師が考えた契約書みたいなモノ」に近い印象になりました。

 そして、野田首相によって、「マニフェストに、書かれていることはやらなくても良いし、書かれてないことをやっても良い」という、とんでもない前例がつくられてしまった。
 さらに、その嘘をついたことの責任の取り方は、ただ単に「申し訳ない」と謝罪すれば許される、なんてことです。野田首相によって、「嘘をついても、謝れば終わり」なんてことまでやらかした。

 これでは、「子供には、この野田首相を見習ってもらっては、絶対に困る」わけです。マニフェストなんて、もうまともに読むことがバカらしいし、政党の政策の違いを取り上げるのも、かなり無意味に近いことになる。
 日本維新の会の石原代表や橋下代表代行などの「マニフェストは、大雑把なもので充分」「政党の実行力や実現力こそを、正当に見てほしい」なんて発言も、まぁ現実的にも思えます。

 ちなみに、マニフェストや選挙公約をバカにしているわけではありません。それが無意味な選挙制度になっていることが問題でしょう。
 現行の国政の選挙制度であり続ける限り、選挙での国民の投票行動において、このマニフェストやらを重要な情報と考えるは、おそらく無意味でしょう。

 さらに、勝手な私の自論を言わせてもらえば..。

 国政を担う覚悟がある政党ならば、その証拠として、まずは「現在の日本国憲法の、あくまで政党としての解釈」を示してもらう。
 その「政党の日本国憲法解釈」を土台として、現在の課題や問題をどう解決するのか、あるいは、どう考えるのかを、これまた「政党としての解釈や実行案」とし、その実行結果の後の「目標とする姿」としてまとめて提示してもらう。
 これなら、まだ「政党としてのマニフェスト」と、呼んでもよいかも知れません。

 現行の国政選挙のルールでは、一応の比例区はあるものの、やはり「地元の利益代弁者を国政へ送る」という個人を選ぶルールが主になっています。
 これでは、例えば、違憲とされている「一票の格差」も、「人口の多い都市部の意見ばかりが国政に反映されるのは問題だから、地方の票を重くするのは当然だ」なんて意見にもつながるでしょう。「一票の格差はあって当然」という考えになる。

 ですから、地元住民への約束事みたいな「候補者個人の地元住民への約束事」みたいなものが、個人のマニフェストなんて言い方なってしまうようです。所属政党のマニフェストなんて、地元住民には関係ない話になる。

 国政なんだから、人を選ぶのではなく、政策を選ぶ選挙ルールに変えたい気分です。

<以上、私個人の見解です>
# by raccoblog | 2012-12-03 10:56 | 話題にひと言